清水の舞台(スカイツリーってか?)から飛び降りる思いで「動画」アップ

平成26年1月26日(日)投票の第3回三豊市議会議員選挙に向けて、立候補予定者の皆さんの活動が激しさを増しているようです。

「市民が生きがいを感じるまちづくり」とか「やさしい住みよいまちづくり」に始まり、子育てや教育、産業、防災、医療、介護など福祉全般について、どれを上げても誰も批判できない常套句で、活動用チラシはあふれています。どうにでもとることのできる耳触りのいい表現で逃げ道を作っているように思えてなりません。

私は、三豊市議会議員として3期目を目指すためには、これまでの2期8年間で気付き感じたことを、具体的に施策として示すことで、自らに退路を断つ覚悟がなくてはことが始まらない、と思っていました。今回作成した印刷物だけでは、今の三豊市にとって、なぜ、その施策が必要なのかを伝えきれない、歯がゆさと苛立ちがありました。

ネット選挙解禁ならば、ネットの可能性を体現したいと、「動画」をアップすることとしました。初めての試みです。走りながら考えています。

詳しくは政策(agenda)のページを覗いて見てください。

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平成24年度財政健全化判断比率

9月定例会で設置を決定した三豊市議会決算特別委員会が、10月16日(水)・17日(木)・21日(月)・30日(水)の4日間の日程で開催され、三豊市水道事業会計の一部を残して承認されました。今後、12月定例会において、残されている部分が修正再上程された後、採決の予定です。

平成19年6月に制定された「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」(財政健全化法)に定められている、4つの財政健全化比率の指標は、平成24年度決算で5回目となります。平成24年度決算における財政健全化比率は、次のようになります。

【①実質赤字比率】

標準財政規模に対して、一般会計の実質赤字比率を示すものです。赤字でないため「実質赤字なし」となっています。

【②連結実質赤字比率】

標準財政規模に対して、一般会計に特別会計及び公営企業会計を連結した比率です。赤字でないため「連結実質赤字なし」となっています。

【③実質公債比率】

①と②に加え、一部事務組合や広域連合まで範囲を広げて、公債費の比率を示すものです。早期健全化基準25.0%に対し7.9%で、平成23年度8.4%であったことから、0.5ポイント良化しています。

【④将来負担比率】

③に加え地方公社や第三セクターまで範囲を広げ、公債費や債務負担など将来に係る負担の比率を示すものです。早期健全化基準は350%となっていますが、平成23年度6.2%から負担比率はマイナスとなっているためポイント表示はありません。地方債残高の減少と合わせ基金残高の増加が、良化した要因です。

すべての指標算出の分母に共通する標準財政規模は、平成23年度は207億70,114千円であったのが、平成24年度は205億21,558千円と小さくなっています。その上でなお、指標のいずれもが良化しているのは、公債費の減少と基金増加によって分子が小さくなったからだといえます。

今後、いくつかの公共施設整備事業が計画されており、引き続き財政健全化比率に注視していかなくてはならないと思っています。

 

大人の発達障がい

発達障がいのある人に対する関わり方について、香川大学教授 坂井聡先生の講演を聞く機会がありました。一週間以上も前の11月10日(日)のことでした。『大人の発達障がいのある人の特性理解と支援』と題して、市行政関係者や福祉団体、子育て支援施設の支援員や指導者など、発達障がいとはどのようなものなのかや支援のあり方について、理解を深めようと多数参加していました。

特別な支援を必要としている人は、100人に6人位(6.5%)いるといわあれている。発達障がいとはどういうものなのか。

(ア)脳機能の障がいである。心の病ではない。育て方が原因となるものではない。

(イ)誤解を受けやすい。

(ウ)原因は特定されていない。

(エ)完全に治ることはない。

(オ)知的障がいの程度は、重い人からない人まで様々。

(カ)知的な遅れのない発達障がいを「軽度発達障がい」と呼ぶこともあるが、障がいが軽いわけではない。

自閉症や知的障害のある人の新たな仕事形態として、一人でできるよう『ショートタイム・ジョブ』の取り組みがある。雇う側にとってのメリットとして ㋐短時間、できる仕事を依頼することで、大きな負担なく仕事が頼める ㋑仕事をしてもらうことで、雇う側の時間が効率的になる ㋒短時間でも雇用する経験をすることで、障がいのある人を理解することにつながる などがある。また、働く側にとっては ①一般のアルバイトと同じ程度の時給 ②無理なく働ける ③個人がもつ能力を十分に活用できる ④身近な人が仕事の依頼をすることで、障がいのある人も緊張を強いられない などがる。

これを実現するには、発想を変えて雇用を考えることだ。

(ア)誰もがもつ仕事の一部を切り分けることで、障がいのある人たちの仕事が生まれる

(イ)知っている人が仕事を依頼することで働きやすくなる

(ウ)仕事のベースは作業所でもいい

そもためには、障がいを ‟克服する” から ‟付きあう” という考えへと進めることが基本だ。発達障がいのある人の就労は、それぞれの特性にきめ細かく配慮し、対処することで可能性が増大する。

発達障がいのある人はまじめだから辛い思いをするし、遊ぶことが苦手だからコミュニケーションがとれなくなるのです。私たちがこのような勉強の機会を持つことで、発達障がいについて知ることはとても大切なことです。これまでは、本人の頑張りと力で障がいを克服しようとしていましたが、これからは、周囲の理解や支援ツールによる、行政や社会の支援協力が重要なのです。

ノーマライゼーションが自立観を変えました。発達障がいのある人にとって、私たちの会話は「ピーチクパーチク」言っているようなもので、理解不可能なものであることに私たちが気付くことから始めなければなりません。目標は、発達障がいのある人の社会的な自立なのです。

坂井先生のテンポ良いユーモアいっぱいの語りで、あっという間の時間でした。継続して研修ができればと思っています。

豊中幼稚園児と『とよなか秋のまつり』

前回は小学校行事をお伝えしました。今回は、10月29日(火)に開催された幼稚園行事についてお伝えします。これも2週間がすでに経過していますが、とても面白い気付きをいただいたので、どうしても書き込みたいと思っていました。

『平成25年度 香川県幼稚園教育研究発表会 三豊市幼稚園研究発表会』が、三豊市立豊中幼稚園で開催されました。香川県内と三豊市内の幼稚園教諭の皆さんを対象に、県下幼稚園の持ち回りで実施されているものです。本年度の研究主題は、 <のびのび遊ぶ 豊中っ子 ~一人一人が心と体を動かす楽しさを味わうための環境の在り方を探る~> でした。

豊中幼稚園は旧豊中町時代に町内の5つの幼稚園を統合して新設されました。設立当初は300名を超え、公立幼稚園の中でも国内最大規模の一つとなりました。現在でも、3歳児81名、4歳児85名、5歳児78名の合計244名で、減少したとわいえ大規模であることには変わりありません。

多くの友達とのかかわりの中で成長する子どもたちの記録が発表されました。私は、5歳児の分科会に参加しました。その中で、「なるほど」と思ったのが ‟お祭りごっこ” の部分でした。豊中町には、地域の氏神さんの秋祭りに奉納する太鼓台(ちょうさ)が一堂に集結する 『とよなか秋のまつり』 があります。子どもたちの ‟お祭りごっこ” 遊びには、お手本があったのです。「本物のチョウサは、こんな風にしていたからそうしよう」 などと、子どもたちは大人たちがするようにするのです。 『とよなか秋のまつり』 は、子どもたちの成長の道標であるともいえるのです。そうであればこそ、一つ一つの太鼓台はあくまでも凛々しく、整然と、カッコよくあらねばなりません。子どもたちは大人のするようにするのですから。

『とよなか秋のまつり』 の使命は、地域の大人として子どもたちの模範となりあこがれの存在となり、人育ての場を提供し続けることなのだと感じています。このような気付きを与えていただいた豊中幼稚園児と先生方に、心からありがとうを言いたいと思っています。

毛利公一さんのお話

来年1月に行われる三豊市議会議員選挙に向けての準備で、イスを温める時間から遠のいていました。はや2週間が過ぎてしまいましたが、10月27日(日)に三豊市立桑山小学校の『学校開放・人権講演会・親子ふれあい活動』が催しされ、その中でどうしてもお伝えしたいしたいことがありました。人権講演会は、私たちの身近にしっかりと自分に向き合い懸命に生きる人がいることを知ることができ、心が熱くなったのでした。

牧野校長先生の教え子で、NPO法人ラーフ理事長の毛利公一さんのお話でした。このように紹介すると特別なことは何もないように思いますが、元棒高跳びで世界レベルの選手でありながら、不慮の事故で彼の体は、首から下が自分の意思では全く動かすことのできない、障がい者となのです。140名余の児童と保護者や地域の皆さんの前で、唯一自分の意思で動かすことのできる頭と声を駆使して、パソコンと語りで 「よく生きる」 こととはどういう事なのかを、しっかりと伝えてくださいました。

現実の見方や考え方をちょっと変えるだけで、生き方が大転換するのです。

「僕は首から上が動くんだ。体を動かすことが苦手なだけだ。笑うことだって、人前で話すことだって、呼吸することだってできるから陸上競技大会の審判で笛を吹くことだってできる。そして、人の力を借りて手を上げることだってできる。だから、皆がちょっと譲ってくれるだけで障がい者が『できる人』になれる。できないかわいそうな障がい者はつくられる。皆さんには、譲る心やプラスに見る目線を持つ、相手の良さを見つけられる人になって欲しい。」

「よく生きるために、いつも思っていることがある。『ピンチがチャンス』だ。ピンチにはできる方法を試してみる。幸せになるには挑戦して欲しい。もう一つは、『夢や目標を口に出して語る』だ。協力してくれる仲間の輪ができる。もう一度立って歩きたいのが僕の目標だ。」

「皆さんには、死ぬ時に オレ頑張ったよな と思えるような生き方をして欲しい。」

お話の中であった 「日本のディズニーは楽しくない。アメリカは車いすで遊べるのにそれができない。日本は20~30年遅れている。」 の言葉は、あれほどのトップサービス施設であっても、いまだ足りえていない、日本の現実に衝撃を受けたのでした。これは一部ですが、感性が鈍くなりつつある私でこれですから、感受性豊かな子どもたちや保護者の皆さんには、きっと、心に残るものがあったのではないかと思う講演でした。

毛利公一さんとNPO法人ラーフが活躍できる地域となり、笑顔がいっぱいになるように挑戦し続けたいと思っています。素晴らしいお話をありがとうございました。

「瀬戸内国際芸術祭2013」が閉幕

春・夏・秋の3会期に渡る108日間の「瀬戸内国際芸術祭2013」が、11月4日(月)閉幕した。

当実行委員会の集計では、来場者数は3年前の1回目の93万人を上回り100万人を優に超え、上々の賑わいであったようです。秋会期の三豊市粟島は3万人余であったとのことで、1日平均来島者は約1,000人の計算となります。定員70名の粟島汽船が15往復するような賑わいは、この島の黄金期を彷彿とするようです。3年に1度のつくられた賑わいであったとしても、瀬戸内の島々の持つ潜在的魅力があればこそだと思います。

春先に、【3シーズン 作品鑑賞パスポート】 を勇んで購入はしたものの、思いのほか有効使用できなかったことに、 『時(とき)』 というものは想いと裏腹に思うようにならないものだと、改めて感じています。しかし、私が最後にパスポートを使った10月31日(木)の丸亀市本島の、港を出ていくフェリーが見えなくなるまで続けられた「塩飽太鼓と大漁旗」による見送りは、瀬戸内の人情を実感することのできた最高の思い出となりました。

人口減少時代の到来とともに、人の流れは 〝山里” から〝海里” へと移ろっているように感じてなりません。3年後の「瀬戸内国際芸術祭2016」は、更なる賑わいを瀬戸内の ‟海里” にもたらすであろうことを信じています。

瀬戸芸も残すところわずかで・・・

瀬戸内国際芸術祭2013の会期も、残すところわずかとなった10月末から11月頭にかけて、さまざまな出来事が集中していました。

前回お伝えした、10月26日(土)の粟島訪問に始まり、27日(月)の桑山小学校『人権講習会』、29日(火)の豊中幼稚園の『香川県幼稚園教育研究発表会 三豊市幼稚園研究発表会』、同日午後に行われた『高瀬高等学校生徒教養講座』、31日(木)の瀬戸内国際芸術祭会場の丸亀市本島訪問、11月2日(土)の三豊市豊中町文化祭と同時開催の『三豊子どもまつり』、3日(日)の観音寺市『市長・市議会議員選挙』の某市議会議員候補者出陣式出席など、一貫性のない支離滅裂な行動で、瞬く間の一週間でした。

感じることや気付かされることが多く、皆さんにお伝えしたいことがいっぱいです。まだ整理できていませんが、折に触れ書き込んでいきたいと思っています。